19世紀から20世紀初頭にかけての文学作品、例えば「若草物語」や「アンの青春」などを読むと、猩紅熱が子供たちの命を奪う、あるいは一生残る障害を与える恐ろしい病として描かれている場面に出会います。当時の医療水準では、溶連菌が引き起こすこの劇症的な症状に対してなす術がなく、隔離と安静、そしてひたすら祈るしかなかった時代がありました。当時は猩紅熱と、ただの喉の腫れを伴う溶連菌感染症が同じ細菌によるものだとは明確に分かっておらず、発疹が出る重症例だけがその恐ろしい名前で呼ばれていたのです。しかし、20世紀半ばにアレクサンダー・フレミングによってペニシリンが発見され、抗生物質の時代が到来すると、猩紅熱の運命は劇的に変わりました。それまで死の宣告に等しかったこの病気は、数日間の服薬で完治する「コントロール可能な感染症」へと変貌を遂げたのです。現代の医学的知見によれば、溶連菌ことA群β溶血性連鎖球菌は、人間の咽頭や皮膚に定着しやすいありふれた細菌です。この細菌が産生する外毒素には複数の型があり、その中でも特定の毒素に対して免疫を持っていない人が感染した際に、血管の拡張と炎症反応が強く出て、全身が真っ赤に染まる猩紅熱を発症します。つまり、溶連菌という巨大なカテゴリーの中に、喉の炎症を主とする咽頭炎、皮膚の感染症である膿痂疹、そして全身症状としての猩紅熱が含まれているという構造になっています。歴史的な恐怖の対象であった猩紅熱が、現代では溶連菌感染症の一つのバリエーションとして分類されている事実は、人類の科学的進歩の象徴とも言えるでしょう。しかし、細菌の側も進化を止めているわけではありません。中には「人食いバクテリア」として知られる劇症型溶血性連鎖球菌感染症のように、極めて短期間で命を脅かす病態も存在します。私たちが猩紅熱と溶連菌の違いを学ぶことは、単なる知識の習得にとどまらず、過去の教訓を現代の公衆衛生に活かすための知恵でもあります。抗生物質の適切な使用、いわゆる抗菌薬適正使用が叫ばれる昨今において、溶連菌に対して最後まで薬を飲み切るというルールは、細菌の耐性化を防ぎ、かつての猩紅熱のような恐ろしい流行を繰り返さないための、私たち現代人に課せられた責任なのです。物語の中で誰かが猩紅熱で倒れるシーンを読んだとき、それが今の溶連菌と同じものであると知ることは、健康であることの有り難さを再認識させてくれる貴重な機会となるはずです。