「脂質異常症ですね。要精密検査です」。数年前、会社の健康診断で、私は初めてその言葉を突きつけられました。結果票には、LDLコレステロールの欄に、基準値を大きく超えた数字と、無機質な「E判定」の文字が並んでいました。しかし、当時三十代半ばだった私は、その警告を、どこか他人事のように捉えていました。自覚症状は全くなく、仕事もプライベートも絶好調。体重は少し増えたけれど、まだまだ若い。酒もタバコもやるし、食事は肉と揚げ物が中心。そんな生活を変える気など、毛頭ありませんでした。「大丈夫、大丈夫」。私は、その結果票を引き出しの奥にしまい込み、すぐにその存在を忘れてしまいました。それが、取り返しのつかない後悔の始まりでした。数年後のある日の午後、重要な会議の最中に、それは突然やってきました。胸の中心が、まるで万力で締め付けられるかのような、経験したことのない激しい圧迫感。冷や汗が全身から噴き出し、呼吸がうまくできません。私は、同僚の驚愕の表情を最後に、意識を失いました。次に私が目を覚ましたのは、病院の集中治療室のベッドの上でした。医師から告げられた病名は、「急性心筋梗塞」。心臓に栄養を送る血管が、動脈硬化で狭くなったところに血栓が詰まり、心臓の筋肉が壊死してしまった、とのことでした。緊急で行われたカテーテル治療で、何とか一命は取り留めたものの、心臓の一部には、永久に消えないダメージが残りました。そして、医師は、私の引き出しの奥で眠っていた、あの健康診断の結果票を見透かすかのように、静かにこう言いました。「原因は、長年放置されてきた、重度の脂質異常症による動脈硬化です」。私は、言葉を失いました。あの時、ほんの少しだけ自分の体に関心を持ち、病院へ行くという、当たり前の行動を起こしていれば。自分の若さと健康を過信し、体からのSOSを無視し続けた、そのあまりにも愚かな代償。退院後も、毎日たくさんの薬を飲み続け、食事や運動にも厳しい制限が課せられました。失われた健康と、心に残る後悔の念。私は、自分の身をもって、知ることになったのです。自覚症状のない病気ほど、恐ろしいものはない、ということを。