呼吸器疾患の専門医の立場から、なぜ夜になると咳が出るのか、そしてそれが肺がんとどのように結びついているのかについて解説します。夜間に咳が悪化する現象は、主に3つの生理的な要因によって引き起こされます。1つ目は、横になることで胃酸が逆立しやすくなり、それが食道を刺激して反射的に咳が出る胃食道逆流症の影響です。2つ目は、鼻水が喉の奥に垂れ込む後鼻漏による刺激です。そして3つ目が、今回注目すべき気管支の過敏性の亢進です。肺に腫瘍がある場合、その周囲の組織は常に微細な炎症を起こしており、神経が非常に過敏な状態になっています。夜間、体が休息モードに入ると、気道の筋肉が緩む一方で、内径はわずかに狭くなり、そこに腫瘍による圧迫や粘膜の浮腫が加わることで、激しい咳反射が誘発されるのです。肺がんは大きく分けて、肺の入り口付近にできる中心型と、奥の方にできる末梢型に分類されます。中心型肺がんは早い段階から咳や血痰が出やすいのが特徴ですが、最近増えている末梢型肺がんは、かなり進行するまで症状が出にくいという厄介な性質を持っています。それでも、腫瘍が大きくなり胸膜を刺激するようになると、夜間の体位変換時などに咳が出ることがあります。肺がんのリスクについては、長年の喫煙習慣が最大のものであることに変わりはありませんが、最近では40代や50代の非喫煙女性において、腺がんというタイプの肺がんが急増しています。これは大気汚染や女性ホルモンの影響など様々な要因が推測されていますが、未だ完全な解明には至っていません。専門医として強調したいのは、咳を止めることだけを目的にしないでほしいということです。市販の咳止めは一時的に症状を抑えてしまいますが、それは肺がんという根本原因を覆い隠し、発見を遅らせるリスクを孕んでいます。もし、夜間の咳が2週間から3週間以上続いているのであれば、それは体が上げている悲鳴かもしれません。CT画像診断の進化により、以前は手の打ちようがなかった段階の肺がんも、今では根治を目指せる時代になっています。夜の静寂の中で響く自分の咳に、一度真剣に耳を傾けてみてください。