足の付け根にできる脱腸(鼠径ヘルニア)。痛みも少なく、手で押せば引っ込むからと、「そのうち治るだろう」「病院に行くのは恥ずかしい」と放置してしまっている方はいませんか。その判断は、非常に危険です。脱腸を放置することで起こりうる最悪の事態、それが「嵌頓(かんとん)ヘルニア」です。嵌頓とは、ヘルニアの穴にはまり込んだ腸が、筋肉によって締め付けられ、お腹の中に戻らなくなってしまう状態を指します。いわば、首を絞められたような状態です。こうなると、事態は一刻を争います。嵌頓ヘルニアを発症すると、これまでとは比較にならない症状が現れます。まず、ふくらみがあった部分が硬く腫れあがり、手で押しても全く戻らなくなります。そして、締め付けられた腸がうっ血するため、これまでになかった激しい痛みに襲われます。痛みは持続的で、徐々に強くなっていきます。さらに、腸の内容物が流れなくなるため、腸閉塞の状態となり、吐き気や嘔吐を伴うようになります。この状態が数時間続くと、締め付けられた腸への血流が完全に途絶え、腸が酸素不足に陥り、腐ってしまう「壊死(えし)」という段階に進みます。腸が壊死すると、腸に穴が開いて腹膜炎を引き起こし、敗血症など命に関わる深刻な状態に陥る危険性が高まります。一度嵌頓を起こしてしまうと、自然に元に戻ることはほとんどありません。治療は、一刻も早い緊急手術が必要です。手術では、締め付けを解除し、腸をお腹の中に戻します。しかし、すでに腸が壊死してしまっている場合は、その部分を切除し、腸をつなぎ合わせるという、より大きな手術が必要になります。そうなると、入院期間も長くなり、体への負担も格段に大きくなってしまいます。脱腸は、良性の病気ですが、嵌頓という時限爆弾を抱えているような状態です。痛みがないからと安心せず、足の付け根のふくらみに気づいたら、それは体からの重要なサインです。嵌頓という最悪の事態を避けるためにも、計画的な手術が可能なうちに、必ず外科を受診してください。その決断が、あなたの命と健康を守ります。