夏の腹痛や下痢の原因として、最も警戒しなければならないのが「感染性胃腸炎」、すなわち「食中毒」です。夏は、食中毒の原因となる細菌が増殖するための「温度」と「湿度」という、二つの最適な条件が揃う季節です。多くの食中毒菌は、20度くらいから活発に増殖を始め、人間の体温に近い35~40度で最も増殖スピードが速くなります。そのため、調理した食品を室温で放置したり、不適切な温度管理で持ち運んだりすると、わずかな時間で細菌が爆発的に増え、食中毒のリスクが飛躍的に高まるのです。夏に特に注意が必要な細菌には、いくつかの種類があります。まず、「カンピロバクター」は、鶏肉(特に生の鶏肉や加熱不十分な鶏肉)を主な原因とする食中毒で、比較的少ない菌数でも発症します。潜伏期間が2~7日とやや長いのが特徴で、下痢、腹痛、発熱に加え、血便が見られることもあります。次に、「サルモネラ菌」は、卵やその加工品、食肉などが原因となりやすい細菌です。こちらも下痢、腹痛、発熱が主な症状です。「腸炎ビブリオ」は、生の魚介類に付着していることが多く、刺身や寿司などが原因となりやすい、夏場の代表的な食中毒菌です。そして、最も警戒すべきものの一つが「腸管出血性大腸菌(O-157など)」です。牛のレバーや加熱不十分なひき肉料理などが原因となり、激しい腹痛と、水様性の下痢から、やがて血液が混じった血便へと変化するのが特徴です。ベロ毒素という強力な毒素を産生し、重症化すると溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症といった、命に関わる合併症を引き起こすことがあります。これらの食中毒を防ぐためには、予防の三原則である「つけない・増やさない・やっつける」を徹底することが不可欠です。調理前や食事前の丁寧な手洗い(つけない)、食品の適切な温度管理(冷蔵・冷凍)と早めの消費(増やさない)、そして食品の中心部まで十分に加熱すること(やっつける)が基本となります。特に、バーベキューなどのアウトドアでの食事では、生の肉を扱うトングや箸と、食べるための箸を必ず使い分ける、肉は中心部までしっかり焼く、といった注意が必要です。もし、下痢に加えて高熱や激しい腹痛、血便などの症状が見られた場合は、単なるお腹の風邪だと自己判断せず、直ちに内科や消化器内科を受診してください。