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原因①冷たいものの摂りすぎが招く「消化機能の低下」
厳しい暑さが続く夏、火照った体を冷やそうと、氷の入った冷たい飲み物を一気に飲み干したり、アイスクリームやかき氷に手が伸びたりするのは、ごく自然なことです。しかし、この「体を冷やす」という行為が、胃腸にとっては大きな負担となり、下痢の直接的な原因となっていることが少なくありません。私たちの体、特に内臓が正常に機能するためには、37度前後の適切な温度が保たれている必要があります。ここに、急激に冷たい飲食物が大量に流れ込んでくると、胃腸は文字通り「冷やされ」てしまいます。胃腸が冷えると、まず胃壁や腸壁を通る毛細血管が収縮し、血流が悪化します。血流が悪くなると、消化活動に必要な酸素や栄養が十分に行き渡らなくなり、胃腸全体の動き、すなわち蠕動(ぜんどう)運動が鈍くなってしまうのです。さらに、食べ物を分解するために不可欠な「消化酵素」は、一定の温度で最も活発に働きます。体温が低下すると、これらの消化酵素の働きも著しく低下してしまいます。その結果、食べたものが十分に消化されないまま、腸へと送られてしまいます。未消化の食物は、腸にとっては「異物」であり、腸壁を刺激します。また、腸内の悪玉菌のエサとなり、異常発酵を起こしてガスを発生させることもあります。すると、体はこれらの消化不良物を一刻も早く体外へ排出しようと、腸の蠕動運動を過剰に活発化させ、さらに腸管内へ水分を大量に分泌します。この結果、便の水分量が多くなり、固まる前のドロドロ、あるいは水のような状態で排出される「下痢」が引き起こされるのです。これが、冷たいものを摂りすぎた時に起こる下痢のメカニズムです。対策は非常にシンプルです。まず、飲み物はキンキンに冷えたものではなく、できるだけ常温に近いものを選ぶように心がけましょう。どうしても冷たいものが飲みたい場合は、一気にがぶ飲みするのではなく、口の中で少し温めるように、ゆっくりと時間をかけて飲むことが大切です。また、食事の際は、冷たいものばかりでなく、温かいスープや味噌汁などを一品加えることで、胃腸の冷えを和らげることができます。夏の胃腸を守るためには、「急激に冷やしすぎない」という意識が何よりも重要です。
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ヘルパンギーナの喉の激痛の正体
ヘルパンギーナにかかった人が、大人であれ子どもであれ、異口同音にそのつらさを訴えるのが、尋常ではない「喉の痛み」です。経験者の中には「ガラスの破片を飲み込むようだった」「喉を焼きごてで焼かれているかのようだった」と表現する人もいるほど、その痛みは激烈です。では、なぜヘルパンギーナの喉は、これほどまでに壮絶な痛みを引き起こすのでしょうか。その痛みの正体は、喉の奥の粘膜、専門的には軟口蓋や口蓋弓と呼ばれる、のどちんこの周辺に多発する「小水疱」と、それが破れた後にできる「アフタ性潰瘍」にあります。ヘルパンギーナウイルスに感染し、体内で増殖を始めると、まず喉の奥の粘膜に、充血して赤くなった小さな斑点が多数出現します。これが炎症の始まりです。そして、その赤い斑点の中心部が、まるで露のようにぷくっと盛り上がり、白っぽい水ぶくれ(小水疱)へと変化します。この水疱の壁は、頬の内側にできる口内炎などと比べても非常に薄くてもろいため、食事や飲み物、あるいは自分の唾液が触れるといった、ごくわずかな物理的な刺激ですぐに破れてしまいます。水疱が破れた後の粘膜は、表面の上皮が剥がれ落ち、下の組織がむき出しになった、いわゆる「びらん」や「潰瘍」の状態になります。これが、白く見える浅い口内炎の正体です。この痛々しい潰瘍が、喉の奥の狭い範囲に、多い時には十数個も同時に、密集してできるため、何もしなくてもジンジンと痛む「自発痛」と、何かを飲み込もうとした時に粘膜がこすれて生じる、鋭く突き刺すような「嚥下痛」が、常に患者を苦しめることになるのです。特に、食べ物や飲み物に含まれる酸や塩分、香辛料は、むき出しになった潰瘍の神経を直接刺激するため、激痛を誘発します。この激痛のピークは、発症してから2日目から4日目あたりに訪れます。この時期を乗り越え、潰瘍の上皮が再生し始めるまでの数日間が、ヘルパンギーナとの戦いにおける最大の山場と言えるでしょう。
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ストレスが原因?心因性の首の痛みと心療内科
整形外科や脳神経外科で、レントゲンやMRIなどの精密検査を受けても、「骨や神経には特に異常はありません」と言われる。しかし、実際には首の痛みやこり、頭痛、めまい、吐き気といった、つらい症状がずっと続いている。このような、明らかな身体的な原因が見つからないにもかかわらず、不快な症状が慢性的に続く場合、その背景には「心理的ストレス」が大きく関与している可能性があります。このような状態は、時に「心因性疼痛」や、自律神経のバランスの乱れが関わる「自律神経失調症」の一症状として捉えられます。この場合に、相談先として考えられるのが「心療内科」や「精神科」です。私たちは、仕事上のプレッシャーや、人間関係の悩み、家庭内の問題など、様々な精神的ストレスに晒されると、無意識のうちに体に力が入ってしまいます。特に、首や肩周りの筋肉は、緊張や不安の影響を受けやすく、常にガチガチにこわばった状態になりがちです。この持続的な筋緊張が、血行不良を引き起こし、筋肉内に疲労物質や発痛物質を溜め込み、慢性的な痛みやこりの原因となるのです。また、ストレスは、脳内の痛みをコントロールする神経系の働きにも影響を及ぼします。通常であれば気にならない程度の軽い刺激でも、脳がそれを「強い痛み」として認識してしまう、「痛みの悪循環」に陥ってしまうのです。さらに、ストレスは自律神経のバランスを乱し、頭痛、めまい、吐き気、動悸、不眠といった、多彩な身体症状を引き起こします。心療内科では、まず患者さんの話をじっくりと聞く「カウンセリング」を通じて、症状の背景にあるストレス要因や、心理的な葛藤を探っていきます。そして、治療としては、まず患者さん自身が、自分の症状とストレスとの関連に気づき、受け入れることが第一歩となります。その上で、ストレスを軽減するための環境調整や、物事の捉え方を変えていく認知行動療法、あるいは心身の緊張を解きほぐすためのリラクゼーション法(自律訓練法など)といった、心理的なアプローチが行われます。薬物療法としては、筋肉の緊張を和らげる筋弛緩薬や、痛みの悪循環を断ち切る効果が期待できる「抗うつ薬」、あるいは不安感を和らげる「抗不安薬」などが、症状に応じて慎重に用いられます。原因不明のつらい首の痛みが続く場合は、「心」の側面からアプローチしてくれる心療内科への相談も、解決への重要な選択肢の一つです。
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手足のしびれや歩行障害を伴うなら脳神経外科・脳神経内科へ
首の痛みに加えて、「手足のしびれ」や「歩きにくさ」といった症状が現れた場合、それは単なる首の痛みではなく、中枢神経である「脊髄」そのものが圧迫されている可能性を示す、非常に重要なサインです。このような重篤な神経症状を伴う場合は、整形外科だけでなく、「脳神経外科」や「脳神経内科」といった、脳・脊髄神経の専門家による診察が必要となります。整形外科で扱う頸椎椎間板ヘルニアや頸椎症でも、神経の圧迫が腕へ向かう「神経根」ではなく、脊髄本体に及ぶことがあります。これを「頸椎症性脊髄症」と呼びます。この場合、腕や手のしびれだけでなく、足にも症状が現れるのが特徴です。具体的には、「両手の指がうまく動かせない、箸が使いにくい、字が書きにくい、ボタンがかけられない」といった、細かな手の動作の障害(巧緻運動障害)や、「足がもつれるように歩きにくい、階段の上り下りが怖い、何もないところでつまずく」といった歩行障害、さらには「頻尿や残尿感」といった排尿障害が見られることもあります。また、交通事故などの強い外力によって脊髄が損傷する「頸髄損傷」や、脊髄の中に腫瘍ができる「脊髄腫瘍」、あるいは脊髄に炎症が起こる病気などでも、同様の症状を引き起こすことがあります。これらの病気は、放置すると症状が進行し、四肢麻痺など、回復困難な後遺症を残す危険性があります。そのため、早期の診断と、原因に応じた適切な治療が不可欠です。脳神経外科や脳神経内科では、MRI検査によって脊髄の圧迫や損傷、異常の有無を詳細に評価します。そして、頸椎症性脊髄症や一部のヘルニア、脊髄腫瘍など、手術による神経の除圧が必要と判断された場合は、「脳神経外科」が手術治療を担当します。一方、炎症性の疾患など、薬物治療が中心となる場合は、「脳神経内科」が治療の主導権を握ります。実際には、整形外科と脳神経外科・内科は、互いに協力し合いながら治療にあたることが多く、どの科を受診しても、必要に応じて適切な科へ紹介されることがほとんどです。しかし、手足のしびれや歩行障害といった、脊髄症状を自覚した場合は、より迅速に専門的な評価が受けられる脳神経外科・内科を直接受診することも、賢明な選択と言えるでしょう。
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無料相談で「できないこと」、なぜ最終的に医師の診察が必要なのか
#7119やAI症状検索エンジンといった無料相談サービスは、何科に行けばいいか迷った時に非常に便利で心強い存在です。しかし、これらのサービスの恩恵を正しく受けるためには、その「限界」、すなわち「できないこと」を明確に理解しておく必要があります。無料相談サービスが提供するのは、あくまで「医療情報」や「受診勧奨」であり、医療行為そのものではないという大原則を忘れてはなりません。無料相談で、絶対にできないこと。それは、医師法で定められた医療行為である「診断」「治療」「処方」です。電話の向こうの看護師や、スマートフォンの画面の向こうのAIが、「あなたの病気は〇〇です」と病名を断定すること(診断)は決してありません。それは、医師が患者を直接診察しなければ行えない行為だからです。同様に、「この薬を飲んでください」と具体的な医薬品を指示すること(処方)や、治療方針を決定すること(治療)もできません。では、なぜ医師による直接の診察が不可欠なのでしょうか。その理由は、医療における診断が、患者さんの話を聞く「問診」だけでなく、「視診(目で見る)」「聴診(聴診器で聞く)」「触診(手で触れる)」といった身体診察と、血液検査や画像検査などの「客観的な検査データ」を総合して、初めて成り立つものだからです。例えば、腹痛の患者さんを診察する際、医師はお腹のどの部分を押すと痛みが強くなるか(圧痛点)を触診で確認します。これは虫垂炎や胆嚢炎の診断に極めて重要ですが、電話やチャットでは絶対に不可能です。また、心臓の雑音を聴診したり、レントゲンで肺炎の影を見つけたりすることも、直接の診察や検査なしにはできません。無料相談サービスが提供してくれる「関連性の高い病気」や「推奨される診療科」という情報は、あくまで入力された症状や話の内容から、統計的・経験的に導き出された「可能性」に過ぎないのです。その可能性を一つ一つ吟味し、本当に正しい答えを見つけ出すプロセスこそが「診断」であり、それは医師にしかできない専門的な作業です。無料相談は、病院への橋渡しをしてくれる素晴らしいツールです。しかし、そのアドバイスを元に、最終的には必ず医療機関を受診し、医師の診察を受けること。このステップを省略しては、本当の安心は得られないということを、心に留めておく必要があります。
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咳と膿性痰、胸の痛みは「肺炎」のサイン、呼吸器内科へ
高熱と咳が数日間続き、次第に黄色や緑色、あるいは錆び色のような、色のついたネバネバした痰(膿性痰)が出るようになってきた。そして、深呼吸をしたり、咳き込んだりすると、胸にズキっとした痛みが走る。このような症状は、単なる気管支炎ではなく、感染が肺の奥深くにある「肺胞」という組織にまで及んでいる「肺炎」を強く疑うべきサインです。肺炎は、日本の死因の上位を占める疾患であり、特に高齢者や、心臓病、糖尿病、呼吸器疾患などの持病がある人にとっては、命に関わることもある危険な病気です。肺炎の主な原因は、「肺炎球菌」や「インフルエンザ菌」といった細菌による「細菌性肺炎」です。多くは、風邪やインフルエンザによって気道の防御機能が低下した際に、喉や鼻に常在していた細菌が肺に侵入することで発症します。ウイルスそのものが原因となる「ウイルス性肺炎」もありますが、細菌性肺炎はより重症化しやすい傾向にあります。肺炎の典型的な症状は、38度以上の高熱、激しい咳、膿性の痰、そして胸の痛みです。炎症が肺を包む胸膜にまで及ぶと、胸痛はさらに強くなります。また、肺での酸素交換がうまくいかなくなるため、「息切れ」や「呼吸困難」、脈が速くなる(頻脈)、血液中の酸素不足で唇や顔色が悪くなる(チアノーゼ)といった症状も見られます。肺炎が疑われる場合、受診すべき診療科は「内科」、より専門的な診断と治療を求めるなら「呼吸器内科」です。診断のためには、「胸部X線(レントゲン)撮影」が不可欠です。レントゲン写真で、肺に白い影(浸潤影)が確認されることで、肺炎の診断が確定します。また、血液検査で炎症反応(CRPや白血球数)の程度を調べたり、痰を採取して原因となっている細菌を特定する「喀痰培養検査」を行ったりすることもあります。細菌性肺炎の治療の根幹は、「抗生物質」の投与です。原因菌に有効な抗生物質を早期に開始することが、重症化を防ぐ鍵となります。軽症であれば外来での内服治療も可能ですが、呼吸状態が悪い、脱水症状がある、あるいは高齢者などの場合は、入院して抗生物質の点滴投与や、酸素吸入などの治療が必要となります。たかが咳、たかが風邪と侮らず、これらの危険なサインを見逃さないことが非常に重要です。
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まとめ。高熱と咳、病院へ行くべき危険なサインとは
大人が高熱と咳に襲われた時、多くは自宅での休養と対症療法で回復に向かいますが、中には医療機関での治療が不可欠なケースや、緊急を要する危険な病気が隠れている場合もあります。ここでは、どのような症状があれば「ただの風邪」と自己判断せず、病院を受診すべきか、その「危険なサイン(レッドフラッグサイン)」についてまとめます。これらのサインを見逃さないことが、重症化を防ぎ、早期回復に繋がる鍵となります。まず、最も重要なサインが「呼吸の状態」です。「安静にしていても息が苦しい、息切れがする」「肩で息をしている、呼吸の回数が異常に速い」「会話をするのもつらい」「横になると息苦しさが増す」といった呼吸困難の症状は、肺炎や心不全など、肺や心臓に重大な異常が起きている可能性を示唆します。次に、「胸の痛み」です。深呼吸や咳をした時に、胸にズキっとした鋭い痛みが走る場合は、肺炎が肺を包む胸膜にまで及んでいる(胸膜炎)可能性があります。また、胸の中央が締め付けられるような痛みが続く場合は、心筋炎などの心臓の合併症も考えられます。色のついた「痰」も重要な手がかりです。「黄色や緑色の膿のような痰」や、「錆び色(血が混じった)の痰」が出る場合は、細菌性肺炎の可能性が高いです。また、「意識の状態」にも注意が必要です。「高熱で意識がもうろうとしている、呼びかけへの反応が鈍い」「意味不明なことを言う」といった意識障害は、脳炎や脳症、あるいは敗血症といった極めて危険な状態のサインです。その他にも、「38.5度以上の高熱が3日以上続く」「水分が全く摂れず、ぐったりしている」「唇や顔色が悪く、紫色になっている(チアノーゼ)」といった症状が見られた場合は、重症化の兆候です。これらの危険なサインが一つでも当てはまれば、様子を見ずに、直ちに「内科」または「呼吸器内科」を受診してください。夜間や休日であれば、救急外来の受診もためらってはいけません。病院に行くべきか迷った場合は、#7119(救急安心センター事業)などの電話相談窓口を利用するのも良い方法です。つらい症状を我慢せず、専門家の助けを借りることが、あなた自身の健康を守る上で最も大切な行動です。
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原因⑤夏のストレスが引き金?「過敏性腸症候群(IBS)」
夏の下痢の原因は、精神的な「ストレス」もまた、胃腸の働きに大きな影響を与え、下痢を引き起こす重要な要因となります。特に、ストレスによって腹痛を伴う下痢や便秘を繰り返す病気である「過敏性腸症候群(IBS)」を持つ人にとっては、夏は症状が悪化しやすい、要注意の季節なのです。夏にストレスが増えやすいのは、まず、うだるような「暑さ」そのものが、私たちの体にとっては大きな身体的ストレスとなります。体温調節のために常に自律神経が緊張状態にあり、体力を消耗することで、ストレスに対する抵抗力が低下してしまいます。また、夏は夏休みや長期休暇、旅行、帰省、お祭りといったイベントが多く、生活リズムが不規則になりがちです。楽しいイベントであっても、環境の変化や準備の忙しさは、知らず知らずのうちに精神的なストレスとなって蓄積されます。これらのストレスは、「脳腸相関」という仕組みを通じて、直接的に腸の働きを乱します。脳と腸は、自律神経やホルモンなどを介して、互いに密接に情報をやり取りしています。脳がストレスを感じると、その情報が腸に伝わり、腸の運動機能や知覚機能に異常を引き起こすのです。過敏性腸症候群の下痢型(IBS-D)の場合、ストレスによって腸の蠕動運動が過剰に活発になり、セロトニンという神経伝達物質の作用で腸管からの水分分泌も増えるため、急な腹痛と共に、水のような激しい下痢が起こります。特に、「通勤電車の中」「大事な会議の前」など、すぐにトイレに行けない状況で症状が出やすいのが特徴です。夏の暑さによる脱水や、冷たいものの摂取は、このIBSの症状をさらに悪化させる要因ともなります。IBSの診断と治療は、主に「消化器内科」や「心療内科」が担当します。まずは内視鏡検査などで、他の病気(炎症性腸疾患など)がないことを確認した上で、症状の問診から診断が下されます。治療は、生活習慣の改善が基本となります。ストレスの原因を把握し、それを避ける工夫をすると共に、十分な睡眠、適度な運動、リラックスできる趣味の時間を持つなど、ストレスマネジメントが重要です。食事では、低FODMAP食(フォドマップ)と呼ばれる、腸で発酵しやすい糖質を制限する食事療法が有効な場合があります。薬物療法としては、腸の動きを整える薬や、近年登場した新しい作用機序の治療薬、あるいは抗不安薬や抗うつ薬などが、症状に応じて用いられます。
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私が体験したヘルパンギーナの喉の痛み
あれは忘れもしない、3歳の息子が保育園でヘルパンギーナをもらってきた、その数日後のことでした。最初は軽い倦怠感と微熱。「息子の看病疲れが出たかな」と、いつもの風邪だろうと高をくくっていました。普段から体力には自信があったし、子どもの風邪がうつっても大したことはないだろうと、完全に油断していたのです。しかし、その日の夜から状況は一変しました。体中の関節という関節が、まるで錆びついた機械のようにギシギシと痛みだし、体温計は一気に39.5度を指し示しました。インフルエンザを彷彿とさせる強烈な悪寒に歯の根が合わず、毛布にくるまっても体の震えが止まりません。しかし、本当の地獄はそこからでした。何よりも私を苦しめたのが、喉の痛みです。それは、ただの喉の痛みではありませんでした。鏡でライトを照らして口の中を覗くと、喉の奥一面に、白いカビが生えたかのような無数の口内炎ができており、その光景はまさに地獄絵図でした。唾液を飲み込むという、普段は無意識に行っている行為が、意識的な決断と覚悟を要する苦行と化しました。ゴクリと音を立てるたびに、喉の奥で無数のガラスの破片が突き刺さるような激痛が走り、思わず「うっ」と声が漏れてしまいます。食事はもちろん、水分を摂ることさえ困難を極めました。妻が心配して作ってくれた冷たいゼリーですら、喉を通過する瞬間の刺激で激痛が走り、涙が滲みました。夜は、痛みで1時間おきに目が覚め、一睡もできないまま朝を迎える。そんな悪夢のような二日間が過ぎ、体力的にも精神的にも限界を感じていた発症4日目の朝、ふと、喉の痛みが昨日よりも少しだけましになっていることに気づきました。希望の光が見えた瞬間でした。そこからは、薄皮を剥がすように、少しずつ回復に向かっていきましたが、完全に元の体調に戻るまでには1週間以上を要しました。大人がかかるとここまで重症化するとは。子どもの夏風邪と侮っていたことを、体の芯から後悔した、壮絶な闘病体験でした。
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まとめ。大人の熱なし耳下腺炎、自己判断せず耳鼻咽喉科へ
大人が経験する「熱のない耳下腺の腫れ」は、一見すると心配ないように思えるかもしれません。しかし、これまで見てきたように、その背景には、単純な炎症から、唾石症、自己免疫疾患、そして稀ではありますが腫瘍まで、実に様々な原因が隠されています。原因によって治療法は全く異なり、中には放置すると重症化したり、長期的な管理が必要になったりする病気も含まれているため、「熱がないから大丈夫」という自己判断は非常に危険です。ここで、耳下腺の腫れに気づいた時の、正しい行動指針を整理してみましょう。まず、第一に行うべきは、「症状のセルフチェック」です。①腫れは片側か両側か、②痛みや熱感を伴うか、③食事の時に症状が変化するか、④腫れは持続しているか、繰り返しているか、⑤口や目の乾きなど、他に気になる症状はないか、⑥いつの間にかできた「しこり」ではないか。これらの点を自分なりに確認することで、医師に症状を伝える際に役立ちます。次に、受診すべき診療科の選択です。耳下腺、すなわち唾液腺の病気を専門的に診断・治療する中心的な診療科は、間違いなく「耳鼻咽喉科」です。耳鼻咽喉科医は、唾液腺の解剖と疾患に精通しており、超音波検査をはじめとする専門的な検査機器を駆使して、腫れの原因を的確に診断することができます。もし、シェーグレン症候群のような全身性の病気が疑われれば、リウマチ・膠原病内科へ、また腫瘍の治療でより高度な手術が必要であれば、頭頸部外科のある専門病院へと、責任を持って橋渡しをしてくれます。内科や歯科で相談することも可能ですが、最終的な診断と治療方針の決定には、耳鼻咽喉科の専門的な視点が不可欠となるケースがほとんどです。耳の下の腫れは、体からの重要なサインです。そのメッセージを軽視せず、不安なまま過ごすよりも、まずは専門医の診察を受け、安心を得ることが、健康を守るための最も賢明な選択と言えるでしょう。